ケーススタディ044:図書館で文字を習得する

 

図書館で勉強をしている人の姿は実際の図書館でも頻繁に見かけ、映画でもよく描かれます。

具体的に何を勉強しているかは知る由もその必要もありませんが、図書館の閲覧席は図書館の資料を利用することが前提で利用できるサービスであるという前提を踏まえると、それは同時に、文字が読めるという能力があってこそ享受できるサービスということになります。

 

日本の現代を生きる私たちにとって「文字が読めない」という感覚は分かりにくいもので、その苦労は想像に絶するものです。

非識字者が「文字を習得する」ために図書館を利用する場面が描かれる映画があります。

 

 

映画『アイリスへの手紙』にみる図書館のケーススタディ

 

非識字者で、読み書きできないことが知られるたびに職を転々としている『アイリスへの手紙』の主人公、スタンリー(ロバート・デ・ニーロ)は、製菓会社の従業員食堂でコックとして働いているときにアイリス(ジェーン・フォンダ)と出会います。

ケーキに生クリームを乗せるという単調な仕事をひたむきに続けるアイリスは子どもが2人いる未亡人で、その上、妹夫婦の面倒も見なければならず、厳しい生活を送っています。

ある日、アイリスが1週間分の給料を入れたバッグをひったくられたときにスタンリーが助けたことで、二人は言葉を交わすようになり、スタンリーは、懸命に働くアイリスに惹かれ、アイリスはやがて、スタンリーは読み書きができないのだと気づきます。

 

ある日、スタンリーの職場でミスが起こり、スタンリーが罪を着せられそうになりますが、その時にアイリスが「彼は文字が読めないから犯人ではない」とかばったことで、スタンリーの文盲が職場をバレてしまい、彼はクビになってしまいます。

スタンリーはアイリスを責めることなく、新しい仕事を探し、老人ホームにいる父と過ごすことに時間を費やすようになります。

 

しかし、文字を読めないために父の訃報を知らせる電報が読めず、死に目に立ち会えなかったことが決定的な出来事となり、スタンリーは、何度も迷い、ためらいながらもアイリスに読み書きを教えてほしいとお願いします。

アイリスは、スタンリーを連れて公共図書館にやってきます。

珍しそうに図書館を見回すスタンリーは、受付に掲げられた「Man builds no structure which out lives a book(本ほど後世に残るものはなし)」。という文章を見上げますが、もちろんこのときの彼には読めません。「無理かも…」と弱音を吐きます。

書架に向かって2人の勉強が始まります。

図書館の外でも学びは続きますが、思うように進まない字の特訓やアイリスとの関係に次第にスタンリーは苛立ち、逃げ出してしまいます。

何とかスタンリーの居場所を調べ、そこを訪ねたアイリスは、機械を組み立てる彼の姿を見てエンジニアとしての才能があることに気付きます。

ふたたび読み書きの勉強をはじめると、二人の運命が好転しはじめます。

ある日、スタンリーが「ケーキを冷ます機械」を発明すると、デトロイトの企業から正社員としてスカウトされ、スタンリーは旅立つ決意をします。

寂しさを隠せないアイリスに「電話するよ。」と手を振りますが、アイリスは「手紙を書いて」と答えます。

スタンリーは約束通りアイリスに手紙を書きます。
「ありがとう。いまやこの頭が知識の湧き出る泉になった。愛を込めてスタンリー」

ある夜、アイリスの目の前にふたたびスタンリーが現れます。
「デトロイトに家を見つけた。君たちの家だ。」
「昇進したよ」
「クレジットカードも持てるようになった」。

 

この映画のテーマは、アイリスの花言葉「伝える」です。

文字で伝えるという手段を持たなかったひとりの成人男性が成功を手にするまでの過程で、図書館が「読むこと」「書くこと」を学ぶ役割として登場したのは、とてもうれしいことです。

 

映画『愛を読む人』にみる図書館のケーススタディ

 

ベルンハルト・シュリンクのドイツ小説『朗読者』を原作にした『愛を読む人(The Reader)』(スティーブン・ダルドリー 2008年)は、文学によって繋がれた二人によって織り成される物語である。

 

路面電車の車掌をしているハンナは、ある日、まじめな仕事ぶりが評価され事務職への昇進を打診されるが、なぜかその直後に姿を消す。

 

数年後、マイケルは思いがけないところでハンナを見かける。大学で法律を専攻する彼が、ゼミの授業でナチスの戦犯を裁く法廷を傍聴したとき被告席にハンナの姿をみつけたのだ。親衛隊に入り、アウシュヴィッツの手前のクラクフ近郊の強制収容所で看守としてはたらいていたという、マイケルの知らなかったその後のハンナの人生が明らかになる。「選別」というユダヤ人らの生と死をわける作業に関わっていたこと、町が空襲に合い、収容所が火事になったとき、ハンナが開錠をしなかった結果300人の囚人が焼死したことなどが罪に問われる。きわめて重要な証拠となる一通の報告書が示されると、他の被告人たちが「ハンナが書いた」と口を揃える。否定するハンナだが、確かめるために筆跡鑑定をすることになると一転、彼女はそれを拒否し、自ら書いたと認める。

 

傍聴席にいたマイケルは、この時にやっとすべてを悟る。ハンナは、文字を読むことも書くこともできないのだ。マイケルは裁判で真実を証言し、ハンナを救うべきか苦悶するが、犯罪者として刑務所に入ることを選ぶほど文盲であることを恥じている彼女の気持ちを汲み、黙っていることにする。ハンナの判決は無期懲役となる。

 

数年後、マイケルは、「オデユッセイア」を朗読し、テープに吹き込んで刑務所に送った。その後も『ドクトル・ジバゴ』、チェーホフなど次々に小包にして送る。4年目に彼女から便りがあった。「ありがとう坊や。気に入りました。」ハンナは刑務所にある小さな図書館で朗読された本を借りだし、テープの声と文章を重ね合わせて文字をひとつひとつ記憶し、習得したのだ。テープは送り続けられ、手紙の文字は次第に美しくなり、本の感想を文字にして送るようになった。

 

図書館で文字を習得する場面が描かれる映画まとめ

 

アイリスへの手紙(1990)

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