スタジオジブリの人気作『耳をすませば』では、図書館の貸出カードに書かれたあるひとりの名前を主人公の月島雫が気にするところから物語が展開していきます。
さすがジブリ作品だけに、図書館の閲覧室、雰囲気、また雫の机の上やお父さんの部屋に無造作に積み上げられた本も実にリアルに描かれています。
また、物語の中に図書館が登場する場面は印象深いシーンが多く、丹念に作られた愛すべき図書館映画です。
その印象的なシーンのひとつに、雫が図書館から借りてきた本の貸出カードにいつも「天沢聖司」の名前があることに気が付き、自分がこれから読もうとしている本をすべて先に借りて読んでいる彼のことを意識しはじめるという場面があります。
雫:天沢聖司… どんな人だろう。ステキな人かしら…
その後、学校の図書室で借りた本の表紙裏に「天沢」の蔵書印を見つけ、それをきっかけに天沢聖司が同じ学校の同級生だということがわかります。
ふたりは瞬く間に仲良くなり、バイオリン職人になる夢を持つ聖司に刺激を受け、雫は物語を書くようになるのです。
一見、読書好きなふたりが運命的に出会ったように思えますが、実際には、聖司が雫の好みそうな本をすべて先に借りて貸出カードに名前を残し、自身の存在を雫にアピールしていたことがわかります。
映画『耳をすませば』にみる図書館のケーススタディ
雫と聖司が知り合うきっかけとなった図書館の本。
『耳をすませば』のようなピュアな青春映画であれば、ロマンチックに捉えられるかもしれませんが、冷静に考えたらちょっと恐ろしいことです。
この場面ではふたりそれぞれの視点から分析・考察します。
この記事では、雫の視点です。
▼聖司の視点はこちら
図書館の貸出カードで他人の貸出履歴をチェック
実際には、雫が積極的にチェックしようとしているわけではなく、たまたま目に入っただけということがわかりますが、この、自分以外の利用者の情報(いわゆる個人情報)が「自然に目に入ってしまうこと」が問題です。
この貸出方式は、「ニューアーク方式」といいますが、過去の利用者の記録が残るこの記名式の貸出方法でなければ、そもそもこの映画のストーリーは成立しません。
しかし、プライバシー保護の観点から、実際には、公開当時および作中の時代(原作は1989年)にはすでに都内の公立図書館において使用されていないものなのです。(*1)
この場面について、日本図書館協会がスタジオジブリに抗議を行い、DVD化の際はテロップが挿入されています。(*2)
雫の父親の「わが館もついにバーコード化するんだよ。準備に大騒ぎさ。」というセリフは、スタジオジブリが図書館協会の抗議に譲歩した結果、生まれたセリフです。(*2)
が、そこで終わらず、このようなセリフも続きます。
雫:やっぱり変えちゃうの。私、カードの方が好き。
お父さん:僕もそうだけどね。
みなさんも、同感ですか?
でも、自分が借りた本は、自分の嗜好や思想を表すものです。
それが、ことごとく他人に知られてしまう状況、ちょっと怖くないですか?
これについては、やはり、天沢聖司の視点からも考察してみましょう。
>>ケーススタディ014:図書館を通じて相手の読書傾向を知る
図書館の個人情報保護と貸出方式について
『耳をすませば』で採用された貸出方式「ニューアーク式」は、東京都では、1967年末時点で、公立図書館60館中、9館しか採用していません。
その上、利用者の名前ではなく登録番号を書く方式に移行しています。(*3)
【参考文献】
*1:「誤解 種皮の姿勢反映されず 図書館は自由か」朝日新聞.(1995.11.8 朝刊)
*2:「自由委員会『耳をすませば』政策のスタジオジブリを訪問し、意見を交換」『図書館雑誌』89(8)566
*3:東京の公立図書館白書(1969)
この記事へのコメントはありません。