ケーススタディ043:「ただ、図書館に行くだけ」という行動の価値

当たり前にあるものについて、その存在意義や価値は忘れられがちですが、わたしたちが生まれるずっと前から身近にある図書館も、もはやその域にあるのかもしれません。

 

映画『ゾディアック』には、そんなことを考えさせられる場面があります。

 

 

『ゾディアック』は、映画全編を通して図書館があらゆる場所で関与していますが、もっともそれが顕著に描かれたのが風刺漫画家のロバート・グレイスミスと記者のポール・エイブリーの図書館に対する価値観の相違です。

この2人の性格や資質、それによって導かれる運命があまりに対照的で、その相反ぶりが描かれる場面に必ずといっていいほど図書館が登場する(物理的な図書館ではなく、図書館の存在が語られる)のですが、ロバートが図書館の本に言及する最初の場面から一貫して図書館について見下しているポールが、最後、ものの見事なブ-メランで「図書館」に打ちのめされます。

 

風刺漫画家と記者の図書館に対する価値観の相違1

 

ロサンゼルスの日刊紙「サンフランシスコ・クロニクル」に勤めるロバート・グレイスミス(ジェイク・ギレンホール)は、内向型の性格と風刺漫画家という職種、さらに、勤続9カ月目という微妙な立ち位置から編集部内で浮いた存在ですが、ある日の編集会議中、連続殺人鬼ゾディアックから送られて来る手紙を手にしたことから行動に変化が現れます。

同僚との気軽な会話にも、重要な会議にも参加できないような非常に難しい立ち位置にあり、肩身の狭い思いをしていたロバートでしたが、ゾディアックの暗号に興味を抱いたことをきっかけに会議中に発言するなど積極性をみせはじめるのです。

同僚の記者ポール・エイヴリー(ロバート・ダウニー・Jr)は、それによってはじめてロバートの存在に気付いたかのように彼に近づき、彼らは行動を共にするようになります。

 

最初にふたりがパブに足を運んだ日、趣味について聞かれたロバートは、「読書が大好きで、本が好き(I love to read.I enjoy books)。」と答え、変わり者のイメージを払拭するどころか、ますますその印象を強めます。

やがてふたりの話題がゾディアックの暗号のことになると、ロバートは、ゾディアックから最初に届いた暗号はボーイスカウトでやったような単純な換字暗号だといい、ポールに解読の仕方を教えます。

 

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しかし、ポールは釈然としません。

 

コミュニケーション能力が高く、これまで様々なことを難なく乗り越えて来られたのだろう器量の良さをもつ、いわゆる”敏腕記者”である彼は、ロバートのように地味にコツコツと図書館に通って調べることを見下しているような印象を与えます。

やがて彼は、どこかゾディアックを利用して自身が有名になること、名声を得ることに執着しているようなそぶりをみせはじめ、行動が危うくなりはじめます。

 

一方のロバートは、なかなか逮捕されない犯人についても特定したいと考えるようになります。

 

やがて、ゾディアックに生活を翻弄されたふたりはクロニクル社を去りますが、その動機もまた異なるものとなります。

ロバートは、もっと多くの時間をゾディアックの調査に費やしたいと考え、フリーに身を転じますが、ポールは、ゾディアックという姿の見えない連続殺人鬼に脅迫されアルコール依存に陥り、同僚たちの忠告に背いて自分にはもっといい仕事ができるはずだと啖呵を切って職場を去ります。

 

 

風刺漫画家と記者の図書館に対する価値観の相違2

 

 

犯人が特定されないまま4年の年月が経過し、ついに、ロバートによる独自の調査も暗礁に乗り上げます。

ロバートは、数年に及んで収集した記事のスクラップ・ブックを見て、その記事のほとんどがポールによるものだったことに気づき、彼に会いに行くことにします。

 

ロバート:(ゾディアックについての情報をまとめて本にするべきだ。)

ポール:(ジャーナリストには今が重要。過去はいらない。)

 

ロバート: It was important.(それは、重要なことだった)

ポール: Then what did you ever do about it? If it was so fucking important, then what did you ever do? You hovered over my desk, you stole from wastebaskets… you went to the library.(で、お前はそれについて何をした?そんなに重要なことなら、お前は今まで何をしていたんだ。俺のデスクに張り付いてゴミを漁ってただけだ。…図書館にも行ってたけど。)

ロバート: I’m sorry I bothered you. (申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。)

 

ロバートはポールのもとを去ります。

 

記者のように、人脈や情報を持っていないロバートが図書館に通ったことを、「何もしていない」と皮肉紛れに吐くポールは、彼自身ゴミやアルコールのボトルに囲まれた部屋で何もしない今を積み重ねているということにも、もはや自分がジャーナリストではないことにも気付いていません。

そもそも、未解決のゾディアック事件は単なる過去なのでしょうか。

 

ついにロバートは、誰も解明できなかった高度な暗号を解読し、テレビニュースの記者からインタビューを受けます。

 

記者: In the decade since the Zodiac’s last cipher was received, every federal agency has taken a crack at decoding it. But today, where those agencies had failed, a cartoonist has succeeded.(ゾディアックの最後の暗号が受け取られてから10年で、すべての連邦機関はそれを解読することをを諦めました。しかし、今日、それらの機関が失敗したことに、漫画家が成功しました。)

How did you do it?(どうやってやったの?)

ロバート:Oh, uh, just a lot of books from the library.( ああ、ええと、図書館からたくさん本を借りました。)

それをテレビで見ていたポールのセリフは「Fucking library!」。

 

「ただ、図書館に行くだけ」という行動の価値

 

この映画が、対照的な2人がもつ「図書館の価値観の相違」をもって教えてくれるのは、豊富な知識や人脈、限りない資料を持っていても、その人自身が「ある」ことに気付いていない限り、何もないことと変わらないということです。

 

ポール・エイブリーは結局、アルコール依存から立ち直ることはなく、敏腕記者の座に戻ることがないばかりか、肺気腫で命を落とします。

 

一方のロバートは、何も持っていなかったはずなのに、現在の自分が置かれた状況下で活用できるものに目を向け、大きなリスクを負い、針の穴のような小さな人脈を臆することなく利用する勇気があり、それによって最後、本を出版することになるのです。

『ゾディアック』の原作者はロバート・グレイスミスです。

 

直感を信じ、勇気を持って行動したロバートが、使えるツールとして図書館を信頼し活用してくれたことは非常に嬉しいことです。

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  1. 2021年 3月 31日
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